toggle
2010-11-27

夜と霧

$天広直人オフィシャルブログ「CIELO」Powered by Ameba
「おおかたの被収容者の心を悩ませていたのは、収容所をいきしのぐことができるか、という問いだった。
生きしのげられないのなら、この苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。
しかし、わたしの心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。」
「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。
わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。」
「生きることは日々、そして時々刻々、追いかけてくる。私たちはその問いに答えを迫られている。
考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。
生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答えることの義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。」
ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録」(池田香代子訳、みすず書房)より

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。